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幼い顔がぐしゃ、とつぶれるように歪む
ズボンにしみた雪の冷たさに、怒りも引いてきて
やってしまったと思った時には、もう子供は泣きながら駆けていくところだった。
群れていたもう二人もごちゃごちゃと喚きながら追いかけていく。
立ち尽くしたまま目だけで追って
どうしよう、とぼんやり思った。



少し前に公園で出会った男の子。見かけない顔だったけど、ひとりだからほっておいたら、危なっかしげに走りよってきた。何かと思えば飴玉を渡してきて、気まぐれに受け取ればちょっと触れた子供の手はとても温かかった。自分のよりひとまわり小さいその手を握ったら、子供は少し驚いたように目を丸くして、もう片方の手を差し出した。反対の手をのせれば子供はぎゅ、と握り返してきて、やっぱりその手は温かかった。だから手を解いて座ってた膝に抱き上げてみると、まるで湯たんぽみたいで、顔をうずめた髪は柔らかかった。もぞもぞと動くので腕をゆるめると見上げてくる子供は無邪気にわらって、

心のどこかが、ふわりと温まるのを感じた。


今日久しぶりに会ったその子は空き地で雪だるまを作っていた。駆け寄ろうとしたとき、子供が楽しそうに笑うのを見て思わず足が止まる。笑う子供の視線の先には子供と同じくらいの男の子が二人。だるまに枝をさしたり石を探したり戯れる三人に、胸がじくりと痛んで、それはすぐに苛々とした気持ちになってふくらんだ。衝動のままにずかずかと三人に割って入り、雪だるまを蹴飛ばす。しっかりと固められていない雪はあっけなく散って、少しだけ苛立たしさが収まった。けれど。
振り返れば、子供の顔はどうしようもなく歪んでいて。
その顔に怒りもなにも吹っ飛び呆けている間に、子供は泣きながら去ってしまった。



転がっている枝と崩れた雪の山。
子供の泣き顔が白い地面に映る。泣かせてしまった。周りの二人には笑っていたのに。
しゃがみこんで、一握りつかみ固める。雪の上を転がせば、だんだん大きくなっていく。
――もう一度作れば、わらってくれるだろうか
丸く、大きくなった雪だまを置いて、もうひとつ、転がす。
――子供が作ったのより、大きく
積み上げて、枝をさして、石も埋めて。
手袋もしてない両手は冷たくて感覚もなかったけれどどうでもよかった。座り込んでできただるまを眺める。あの子はもう戻ってこないだろうか。ようやくその可能性に辿り着いたけれど。

しばらくして、
そろりと空き地に入ってくる気配がした。

勢いよく振り返りながら立ち上がって、転びそうになりつつ駆け寄れば、子供はぽおっと奥の雪だるまを見上げていた。
「つくったの?」
高く澄んだ声が、ふしぎそうに問いかける。
「うん」
うまく声が出なくて、結局あいまいな音だけ出して頷く。すると子供は立ち止まった僕に焦点を移して、

にっこりとわらった。

子供はほんの少し開いた距離を歩み寄ると手袋した小さな手で凍えている片手を握った。驚いたように見上げて、もう片方もとるとしげしげと掌上の両手を見つめて、赤いね、と笑う。
子供の手袋越しの熱が痛いほど手も体も冷え切っていたけれど
心は、温かくなったようだった。

「あったか……」
薄い紙包みからじんわりと熱が指先にしみる。かじかんだ手には少し熱かったけれど、それも慣れれば心地いい。
手頃なベンチを見つけて座る。木製だけれど、やっぱり冷えていてぶる、と少しだけ身震いする。
包みを開ければ仄かに甘い生地のかおりが温められた空気にのって伝わる。白のゆるい曲線が覗きこく、と喉が鳴った。
一口、かじればやわらかい生地と温かい餡子が程よい甘さを広げる。
誰に言うでもないけれど思わずおいしいと呟いた。

もったいなくて少しずつかじっていく。ふたくち、みくち。
と、唐突に黒髪がさらりと流れあんまんを横からかじった。
あんまんをもっていた手に頬がかすってほんのりと熱を残す。
「おいしい」
綺麗な声。驚きに固まった思考がまた動き出す。しかしいったい何処から出てきたんだ。半ば呆れ振り返った。
ベンチ越しに学ラン姿の少年。ヒバリさん、呼ぼうとしたら後ろから抱くように手を重ねあんまんをはしと掴まれた。
「校則違反。登下校中買い食い禁止」
淡々とした口調、けれど心なしか口角が上がっている、ような。というかヒバリさんさっき食べてませんでしたか!?
言えるはずもないことが頭をよぎりつつこわばった顔を無理矢理笑わせてみる。血の気が引いてくのはどうしようもない。
「罰則だね」
ますます彼の口角が上がる。
が、トンファーが出されることはなく。

あんまんが手からすり抜けた。

豪快にぱくりと、ど真ん中にかぶりつく。未だかつて見たことのない笑み。
呆けているとあっという間に残りは一口大になっていた。
――咬み殺されるより、マシだろうか……
粒あんが口一杯に広がる甘さを想像して、思わず涙目になる。
ふと、彼が最後のひとかけらをこちらに向けた。口元に差し出されたそれが甘い香りをふわりと運び、手で受け取るのも忘れて口を開ける。
ぱくりと口を閉じる、直前まさしく目にも見えぬ速さで逆戻りしたあんまんが彼の口の中に消えた。

「…………っ……ヒバリさん!!!」

思わず腕をもぎ取らんばかりに縋り付いた。と同時に彼のもう片方の腕が頭の後ろを捉えるのを感じる。
上向かされた顔のすぐ近くに彼の綺麗に整った顔。仰け反ろうとしたけれどまるで動かせない。
鼻先が一瞬触れて僅かに首を傾いだ彼の唇が重なった。

その熱はすぐ離れたけれど、冷気に侵される唇と対照的に頬はだんだん熱くなる。
「ご馳走様おいしかったから今日はこれで許してあげる」
彼の手が離れてすとんと落ちるように再びベンチに座り込む。何か理不尽な気もしたがうまく頭が回らない。ぼおっと見上げていると
彼の手にトンファーが現れた。
「と思ったけど、せっかくだからやっぱり戦ってよ」
「…………はいっ!?」
やはりとても理不尽だった一瞬にして醒めた頭で考えて、俺は全速力でその場を後にした……

起きたら、何かが変だった。

そっと首だけを動かし辺りを見回せば、しかしいつも通りの寝室があるだけ。布団も書棚も壁紙も変わりなく、机の上も眠る前と同じで誰か入った形跡もない。
違和感の正体も分からぬまま起き上がり欠伸を一つ、首を傾げながらも布団を出た。
寝不足の目を擦りながら服を選び出す。昨日はあれこれ今日の事を考えていてなかなか眠れなかった。カーテン越しのぼんやりした明かりを頼りに着替えを済ませポケットに色々と突っ込む。
眠気が引いてくると、なにやらそわそわと落ち着かなくなってきた。昨日の帰り際の笑顔が浮かぶ。
見回りだとか買い物ついでだとか色々と理由を付けてみても
結局のところ今日は
綱吉との
デート……!

とりあえず朝食でも食べようかと部屋を出る。しかしリビングに下りて適当に食べ物を物色してみても食欲はまるでわかなかった。時計を見れば8時、そろそろ出てもいいかも知れない。天気を窺おうとカーテンに手をかける。カーテンの隙間から朝の眩い光が差し込んで、
目眩。
足から力が抜けて、よろよろとソファーに倒れ込む。体を起こそうとしとも まるで動かせない。
せり上がる焦りとは裏腹に、目の前は暗くなり、意識が遠ざかった。




「……りさんっ、ヒバリさん!」
聞き慣れたまだ高い声、肩に力、揺すられる感覚、僅かに意識が浮上する。うっすらと目を開ければ、歪んだ顔。瞬いて再び目を開けば、ぼんやりした視界に跳ねた茶色い髪の少年。しばらく見上げればやがて怪訝そうに覗き込む彼に焦点が合う。すると彼の顔はぱあっと明るくなった。
「ヒバリさん!よかった、いつまで待っても来ないから心配になって……」

受容する彼の手彼の顔彼の声、生きた感触。ドク、と全身が脈打ち一瞬にして意識が冴え渡る。今までの体のだるさはなんだったのか、体に力が漲りソファーから跳ね起きると、勢いのまま安堵に顔を緩める彼に飛びかかった。
そして、自分の行動に何ら疑問も持たずに、

カプと

首筋に牙をたてた。

零れる血を掬い舌先で擽る。
抱き締めた体がビクッと震えたのを感じて、漸く己の行動の異常に気がついた。そろりと牙を抜いて、けれどどうしようもなく体が血を求め疼く。堪えるようにさらにきつく抱き締めると、彼はもぞもぞと動き顔を上げた。
「ヒバリ、さん?」
思わず目を逸らしかけて、しかし彼の目が相変わらず澄んで見上げてくるのにはっとする。
「どうしたんですか」
戸惑った彼の声。ゆるゆると腕を解く。衝動は収まりかけていたが、違和感の正体には流石に気がついた。原因はさっぱり分からないが。

「ヒバリさん、吸血鬼になっちゃったんですか?」

きっと、そう。
異様に長い犬歯、触れれば尖った耳、壁に掛けられた鏡を覗けばそこには彼の後ろ姿のみが見えるだけ。
彼はヒバリさん既に吸血鬼みたいなのに、などと苦笑するように言う。呑気なものだ。
「驚かないの」
「ヒバリさんが何でも俺はヒバリさんが好きですから。ヒバリさんが俺の分まで驚いてるし」
まるで変わりない呑気さに少し苛立った。

「ひょっとすると不死身になっちゃったかもね」

ポツリと呟けば彼の声。
「酷い、俺をひとりで先に逝かせる気ですか」
しばし沈黙する。さあ、と肩をすくめれば彼はそのまま続けた。
「それなら俺も吸血鬼になれますかね」
ずうっと一緒ですよ、と。
「君なんか、復活するほど血に飢えてるとは思えないけど」
彼は一瞬真面目な顔をして、それから笑った。

「じゃあ、俺が死ぬ時はヒバリさんも一緒に死んで下さい」

その笑みはいつもの平和ボケしたもののようで、けれど何処か痛みを孕んだ。
「俺が、ヒバリさんを殺すから。一緒にいましょう」

……ああ、この子はまだ不安なのか。
「ふざけないで。君なんかに殺されないよ」
肩がピクリとはねたが構わず彼に手を伸ばし、続ける。
「君が死んだら全部に復讐してから、自分で死ぬ」
華奢な体を抱きしめた。見開かれた目が自分を見上げて。
「ありがとうございます」
ふにゃ、と彼の顔が笑み崩れた。


ふと、彼の澄んだ目に自分が映っているのが見えた。変わりないようででもやっぱり牙と耳が突き出た顔。鏡に映らなくても、此処に映っていれば十分だ。
と、じっと見上げていた彼が照れるように微笑んだ。
なに、と問えば彼は僕の頬に手を当てる。

「紅い目も、綺麗ですね」
俺、ヒバリさんが全部好きです、と。心の底から笑うから。
つられて顔が緩む。
僕も好きだよと呟いてふと日付を思い出す。
そっと口角を上げて、耳の隣で囁いた。


「Trick or treat?」
喉が渇いたね君が欲しい
ダン、と重い音、傾ぐ男、紅い液体を滴らせ、倒れる鈍い音。
血染みが広がり、ピクリとも動かない体。

ゆるゆると首を巡らす。少し離れて、黒い長身の影。薄暗い中では顔など見えない。
けれど
銃口を下げ彼は何事もなかったかのように服を叩く、歩み寄り、立ち尽くす俺の頬に触れて

その手が一瞬震えた。



……嗚呼、でも違う。俺を抱きしめる腕、首筋にかかった溜め息が孕むのはただ俺が無事だったという安堵感、呟かれるのはごめん、何を謝るのヒバリさん。
最早彼の視界に屍はなく、俺を守るのに人一人の命が消えようと気にもしない、きっと。

血塗られた業を、断つと言ったのに。この人は俺のために人を殺した。
この自由な人を、俺がこの世界に引き込んでしまったのだ。束縛を嫌う彼が、俺には繋がれて。
けれど
人を殺して欲しくなんて無い、我が儘だろうと。
気まぐれに羽ばたく鳥、血塗れた翼は戻らない。世界を覆う大空、けれど彼のしなやかな翼ならばその程度飛び出していけるのに。俺が此処にいる限り、彼も留まるのだろう。



腕を彼の腰に回す。ぎゅ、と抱きしめ返して。
仲間や組織の人や、リボーンを裏切って、俺が此処を離れることは出来ないけれど。
「謝ることなんて何もありません」
自分くらい自分で守れるようになるから。
「俺とヒバリさんの、共同戦線ですよね」
誰も傷つけなく傷つかなくなるように頑張るから。
「一人で、全てを頑張らないでください」

彼の手だけが、汚れていくのは見たく、ない

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